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マイナス


昔から、物を作る事が好きだった。
昔から、物を造る事が好きだった。
昔から、物を創る事が好きだった。
私は右利きだった。
器用に繊細な指を操って、ただ思い描いたものを作っていった。
当時、ただの子供であった私は、物を「作る」事によって、周りから評価された。
当時、ただの子供であった私は、その事に大いに喜んだ。
心の底から、自分の右手の器用さに感謝した。
その代わり、利き腕でなかった左手に対する関心は無かった。
作業する右手をただ補助するのみの存在としか見ていなかった。

大人となり、物を作る仕事に就いた私はふと、右手ほどにうまく扱えない左手を器用に操る事の出来る様にしてみたいと考えた。
当時私は「物を作る」事において世界中から注目を浴びる程の職人となっていた。
だからこそ、私は右手だけではなく、左手だけでも物を作る事が出来る、完璧な存在になろうとしていた。
普段右手で作業する事を左手で、左手で右手を補う事を右手で行った。
それは私の右手の器用さが無ければ危険な作業だった。
まともな練習もせず、始めからうまくいく訳が無かった。
…左手の失敗によって右手を傷つけた私は、しばらくの間物を作る事が出来なくなった。
当時、もはや「物を作る事」で自信の存在意義を保っていた私は、途端に評価されなくなった。
物を作る事だけに人生を捧げていた私は何もする事が出来ず、自分が自分で居られない様な心境に陥った。
その時、急に目の前に並んだ、今まで自分の作ってきた作品が憎らしく感じられた。
こんなものに人生を捧げてきた為に私はこんな思いをしている。
そう考えた私は、「作る」事を知る事の出来ぬまま終わろうとしていた左手を振り上げた。
作る事の出来ない左手は、繊細な動きをする事を知らずに、ただ凶暴に暴れまわった。
暴走する左手の餌食となった右手の作品は、全て無残に破壊された。
しかしそれより酷かったのが、突起のある部分を含む、硬い作品を直に叩き潰した左手だった。
それは目も当てられない様で、左手に喰われた作品の被ったおびただしい量の血液もそれを悟る。
私の目に入ったそれが、狂気に囚われかけた私を正気へと戻したのだった。

右手の傷が癒えてからは、再び一心不乱に物を作り始めた。
逆に左手は右手以上の怪我を負った為、右手が使える様になってからも動かす事は無かった。
それはまるで、「封印した」という表現が適切であった。
私はもう左手によって自分が狂気に堕ちる事はないと安心しながら作業に取り組んだ。
しかし、もはや既に私は「作る事」に何の楽しみも喜びも感じていなかった。
ただ義務的に黙々と「作る事」を実行するのみ。
左手が全てを消し去る前よりも右手の作り上げた作品は増えていった。
完成したらすぐに新しいものを作りにかかる。
動かない左手をだらりと垂れ下げ、繊細な動きで右手が作品を作り出す。
なのに、もう誰も私の、いや、右手の作った作品に見向きもしない、評価もしない。
よもや左手の呪いか。
作る事を知らず、ただ壊す事しか知る事しか出来なかった、左手の。
壊して壊して、暴れまわって、動けなくなって、役割を失った左手の。
考えている内に私は包帯でがんじがらめにされた左手に恐怖を感じた。
これは全てこの忌まわしき左手の呪いなのだ。
どんなに動かなくしても、傷つけても、私の右手の邪魔をする。
この左手のせいで、私の作った作品が評価されずに、収入も入らずに、私は飢え死にするのだ。
そう、この左手のせいで…。
この、左手のせいで。

気がつくと、辺り一面が赤く染め上げられていた。
右手に握られた、作業用の…かつて左手が右手を傷つけた銀色の切り出しナイフは赤一色だった。
…左手の触れるよどんだ空気の感触が無い。
代わりに、左手と左腕を繋いでいるはずの箇所…左手首に凄まじい激痛が走る。
恐る恐る目をやると、そこに左手は──…。
左手は…私の足元の血溜りに沈んでいた。
血まみれの左手を見つめる私の目は大きく見開かれていた。
恐怖で力が入らなくなり、握り締めていたナイフが右手から抜け落ち、左手の傍へと転がった。
その瞬間、だった。
不快な音を立てて、左手の沈む血溜りから波紋が広がった。
私は声にならない悲鳴を上げた。
左手がひとりでに─…動き出したのだ。
うごめく左手は近くに転がっていたナイフを握り締めると、赤く染まった包帯の端を垂れ下げ浮遊した。
飛翔する鮮血と私の右手。
大量の出血の為か、それとも精神的なダメージの為か、私の意識はそこで途切れた。

奇跡的に私は生き延びていた。
近所に住まう人間が私の悲鳴を聞きつけ、様子を見に来た所、私は虫の息で血の海に横たわっていたという。
幸い病院が近かった事もあり、私は発展した最先端医術によって一命を取り留めた。
ただ、代償として、私は両手だけではなく正気をも失っていた。
今だからこそ、それが言える。
その時、私は既に狂っていた。
いや、両手を失う前から既に正気を欠いていたのかもしれない。
常識的に考えて、切り落とした手が勝手に動き出し、あまつさえ凶器を握り締め宙を飛びもう片方の手を切断するなど、有り得ない。
私はきっと、狂っていたのだ。
狂いすぎた故に、現実とは違うものが見えていた。
恐らく、私の作業部屋の電動のこぎりか何かが手違いで作動し、私の腕を切断してしまったのだ。
気を失っていた私を発見した者はそんなものは作動していなかった、と言っていたが…。
そんな事は無い。理由などいくらでもある。例えば、私が倒れこんだ拍子でスイッチが切り替わった、等と。
そう、そうなのだ。
私は狂っていた。
狂っていたのだ。
あれはただの、幻覚だ。幻だ。悪い夢だ。
…最後に一瞬だけ垣間見たのも、例外なくただの夢なのだ。
私の切断した左手と切断された右手が…、血溜りに沈む私を見下ろし、不気味に大笑いしている、それも。

私は狂っていた。
義手をうまく操れぬままに退院し、私は「作る事」をやめた。
自宅に帰ると、片付けはされていたものの、自分の血の臭いは記憶に染み付いたままだった。
そして、作業部屋の扉を開けた途端に私は頭痛に見舞われた。
見える。見えるのだ。
聞こえる。聞こえるのだ。
包帯だらけの私の左手と、それに切り落とされた右手が、私の部屋で笑っている。
右手と左手は、それぞれかつて作業中にはめていた手袋を親指と人差し指に挟んでぶら下げている。
絶叫した次の瞬間、右手と左手は目の前から消えていた。

私は狂い続けた。
全盛期に手にしたコネを利用して、とある研究施設に連絡を取った。
昔、一度だけ耳にした事のある噂があった。
その施設─『銀河連邦』は、秘密裏に、強大な力を手にするべく、怪しげな研究を行っていると。
無意識の内に、私は力さえあれば、私の右手と左手の恐怖から逃れられるのだと考えていた。
噂は本当だった。
私が事情を説明すると、連邦は不思議な程すんなりとその研究について話し始めた。
何でも長年の研究の成果によって力を得る事は理屈的に可能となったらしいのだ。
しかし、得た力の大きさによって、実験体となった人間達は次々と力に押し潰されていった。
故に今はその研究は停滞しているのだが、どうしてもと言うのなら死ぬのを覚悟で実験体となるかの決断を迫られらた。
どの道、このまま怯えて生きていくのは嫌だ。ならばここで一瞬でも力を得て…そして散ろう、と私は思った。
結果? …結果など…分かりきっているではないか。
私がこうして、この事を語っている時点で、知れている事。
私の、私の手に対する異常なまでの恐怖心が、私を押し潰そうとする力に勝った。
そして、もう一つ。
私の、私の手に対抗すべく力を得たいと言う気持ちが、私を押し潰そうとする力に勝ったのだ。
だが、私はまたしても大きな代償を払う事となった。
私の不屈の精神によって私を押し潰そうとする力を制御することに成功した。
あくまでも、私の精神によって。
私の体は、その身に宿した力によって蒸発してしまった。
それでも、私の力を得た精神は、しっかりと銀河連邦のデータとして保存されていた。
連邦は私の精神をベースに、私の新たなる体を、力を得た私に相応しい体を構築した。
形のみは人であるものの、もはや完全に人外の生物へと、いや…生物とは言えないような存在と化した私は決意した。

唯一、私に恐怖を与えている存在である、私の右手と、私の左手を探し出し…この有り余る力で始末する事を。

そう─…、やはり私は、狂っていた。


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